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わたしにとっての塾の先生

 

わたしは小学校の頃からすでに、家族で経営する学習塾をやることを夢見ていました。

 

大人になり、生きて行く中でも、この夢は忘れたことがありません。ただ、イメージの中身は少しずつ変化していきました。成長していったとも言えるかもしれません。

 

子どもたちの成長に関われるというのは、最高の喜びでもあり、その子の人生を左右するほど責任の重いことでもあります。

 

わたしがやってみたい事業は今でも山ほどありますが、わたしはそれらを、わたしの人生の最後の仕事として夢見ていた学習塾に注ぎ込む準備のための事業と捉え、その日までに自分自身をもっともっとさらに勉強して磨いていたいと思ってきました。

 

それが、ひょんなことが4つも5つも重なり、いま、こうして、機会を与えていただいています。

 

 

わたしの中の尊敬する塾の先生といえば、まずは公文の先生です。いつも笑顔でハキハキ話され、おしゃれで華があって堂々としていて。美しい品のある先生でした。

 

わたしもあんな大人になりたい、とは僭越すぎて思わなかったですが、先生の笑顔に安心し、努力に対してきちんと評価してくださる先生のまっすぐな言葉に、いつも嘘偽りなく正直にいよう、と背筋が引き締まりました。

 

 

わたしは中学受験をしているので、小学生時代は塾にはべったり通っていましたが、当時の塾の先生方のことも大好きでした。

 

どの先生方からも受からせてやりたい!と思ってくださっているのがひしひし伝わってきていましたし、それが、塾のためではなく、心から子どもたちのために真剣に応援してくださっていると感じていたので勇気になりました。

 

子どもだからこそ子ども扱いされてしまいがちですが、塾では大人も子どもも真剣勝負。あの、本気の空気は自分の頭の中を冴え渡らせてくれました。心地よい刺激でした。

 

特に算数の先生は、スパルタで厳しく、しっかり目を見て叱る方で、あんなに熱を込めて授業をしてくださる先生は今でもまだ会ったことがありません。先生の授業はいつもあっという間に終わりました。それくらい、血眼で集中していたのだと思います。宿題も、先生の熱意(ちょっと怖いくらい笑)に負けて、諦めず、しっかり終わらせていました。

 

 

わたしが次に塾に行ったのは高校後半です。在学生向けの予備校学習塾で、そこでも、学習に特化したプロフェッショナルが教えてくださる数々のコツを学び、実践ですぐに使える喜びを知りました。その後わたしはその塾で講師として働きました。

 

大学時代は、ほかにいくつかの塾と家庭教師を掛け持ちしてアルバイトをしていました。

 

社会人になり、家庭を持ってからも、個人的に指導をさせていただく機会を得て、多くのお子さんを指導してまいりました。その中で、大人の方の学習支援にも携わるようになり、多くのご家庭と関わってきました。

 

いつしか、理想の先生像は、過去の中の先生方ではなく、自分自身の中に作るようになっていました。